甲子大黒天本山のブログ

このサイトは甲子大黒天本山オフィシャルブログとして福山主が担当しております。甲子大黒天の紹介のほか豊かな人生を送るために大切なことを書かせていただいております。

否定・悲観からの卒業

 自分で勝手な条件を設定しては苦しんでいる人がいます。たとえば幸せな人生のためには年収はこのくらい必要である。結婚するなら相手はこうでなければならない。友達として付き合うならこういう人でなければならない。「これでなければダメ」と自分で決めて、その条件をクリアできずに苦しんでいるということはないでしょうか。子供が100点を取らなければならないと意気込み90点の答案に落ち込んでいるようなものです。


 高い目標を持つことと現状を否定することは同じではありません。目標や理想は頑張るための燃料になりますが、取り扱いを間違えると爆発してしまうのです。八方塞の状態にあるならば、まず自分が否定していることを見直してみることです。あれもダメ、これもダメと否定の連続から明るい希望は生まれてきません。つまらない固定観念を捨てることで、新しい可能性が生まれてくるのです。


 私たちはもっと自由にならなければなりません。自らを拘束する思考から解放されることで、今よりもっと楽に考えることができるのです。自滅する人は考えるほど自分をダメにしてしまいます。否定的・悲観的な思考で物事が好転することはありません。大事なことは自分を大切にできる幸福にできる考え方をすることです。物事は難しく考える必要はありません。楽しくシンブルに考えるからこそ明るい希望が見えてくるのです。

 

 

未来の幸せのために

 子供は宿題よりもゲームです。未来の自分への投資よりも、目先の楽しみに魅力を感じるのでしょう。親に怒られても、後悔しても、今を楽しむのが子供です。


 大人も未来の自分のために投資をしなければなりません。暴飲暴食を避け適切な運動をすれば、未来の自分に健康をプレゼントすることができます。人間関係に配慮してイライラしても我慢して優しい言葉や態度を心がければ、未来の自分に豊かな人間関係をプレゼントすることができます。忙しくても自分なりの趣味を見つけておけば、未来の自分に生きる楽しみをプレゼントすることができます。日々の些細な心がけで私たちの未来は大きく変わっていきます。人生は今日という一日の延長線上にしかありません。


 現代人は今日一日を無難に過ごすことだけで精一杯となり、自分の未来を想像する余裕がないのかもしれません。ですが、そういった生活にはつながりがなく、断絶した日々からは明日への希望は生まれてこないものです。忙しい生活のなかにあっても、今日の努力や忍耐が必ず未来の幸福へとつながっていきます。今日を犠牲にすることなく楽しみながらも、未来の自分のためにプレゼントを贈り続けたいものです。

 

 

人生を楽しむために

 楽しそうに生きている人がいます。どうしてそんなに楽しそうなのか観察してみても、生活に何の心配もないほどのお金持ちということではなく、芸人さんのような芸があるわけでもなく、特別な境遇や才能があるわけではありません。ただひとつ確実なことは人生を楽しもうとしていることです。現代の多くの日本人が時間や仕事に追われストレスを抱えているなかで、ストレスではなく生きることの喜びを抱えています。


 考えてみれば、仕事を楽しもうとしているでしょうか。生活のため一日の大半を嫌々仕事に費やしていないでしょうか。家庭を楽しもうとしているでしょうか。帰る場所がそこしかないからと嫌々帰り辛い思いをして過ごしていないでしょうか。今の自分の生活圏外に楽しみを求めるのではなく、日々の生活そのものを楽しまなければなりません。日々様々なことがあるわけですが、それでも何事も楽しもうとする姿勢が大切だと思うのです。


 たった一度の自分だけの人生をどのように過ごすかは心がけ次第だと思うのです。けして他人から与えられた人生ではなく、誰かによって幸福になったり不幸になったりするわけでもありません。自分が何を求めて生きているかによるのだと思うのです。生きる楽しみというものは日々の何気ない喜びや感謝から芽生えてくるものではないでしょうか。忙しい日々の生活にあっても、そういったものを大切にしたいものです。

 

 

周囲の心の声に

 人の想いに沿って生きることは大変です。私たちは嫌でも周囲の期待や失望が伝わってくるものです。目の前の人が自分に何を求めているのか、遠回しな言葉や態度で分かってしまいます。周囲の想いなどまったく伝わらない鈍感な人がうらやましくなりますが、大概の人は周囲の想いにどのように応えるのか苦悩しているのではないでしょうか。


 周囲の想いに応えるべく頑張っても、知らないふりをして無視しても、どちらにしても苦しいものです。ですが、どうしても生きるということには周囲の想いが付きまとうものです。身勝手な期待や要望などうんざりしますが、上手に付き合っていくしかありません。そのためには周囲の想いにある程度は応えられる努力、お互いの想いが暴走しないような信頼関係、周囲の想いにつぶされない心の強さなど、関わって生きていくために必要なものを獲得しなければなりません。


 もしかしたら周囲の心の声というものは自分の想いを代弁しているのかもしれません。自分が日頃から想っていることが相手に投射され、相手の心の声として聞こえてくるのかもしれません。今の自分が嫌で新しい自分に生まれ変わりたいと思っている人には、今の自分を否定する声や今の自分では成しえないような期待の声が聞こえてくるのかもしれません。日頃から自分がどのような想いを抱えているのかを考え、その想いを導けるようになれれば周囲からの声も今よりは気にならなくなるのかもしれませんね。

 

 

好き嫌いせずに

 大変なことが続くと平穏そうな人がうらやましくなってしまいます。どうして私ばかりが苦労しなければならないのかと憤るのです。ですが、冷静に考えれば平穏そうに見える人でも、その人なりの苦労や苦悩があるものです。外見からその人の人生など分からないものなのです。様々な苦労を経験してきた人ほど、そういった気配がないものです。逆にたいした苦労もしていない人ほど大げさに騒ぐものです。


 そもそも自分の苦労や苦悩を周囲と比べても意味がありません。自分がつらい時ほど怒り、悲しみ、無力感、嫉妬、不信など様々な感情が大きく渦を巻きますが、その渦に飲み込まれたら不幸になるばかりです。ぐっと耐えなければなりません。自分に与えられた苦労や苦悩に最善を尽くしていくことで消化することができるのです。苦労や苦悩が大きければ大きいほど、消化できれば大きく成長することができます。


 好き嫌いの多い人ほど栄養のバランスが偏り健康を害します。食事も大事な栄養素ほど苦く、害をなすものほど美味しく感じるから不思議なものです。人生全般において楽だと思うものは私達をダメにして、大変だと思うものが私達を成長させてくれるのかもしれません。そのように考え自分に与えられた課題に誠実に挑んでいきたいものです。

 


 

伝えなければ分からない

 一人では生きることのできない我々にとってコミュニケーションは大切な手段であり、相手に理解してもらおうとする努力が必要ではないかと思うのです。何を考えているのか分からない人間に親近感を抱く人はいません。まず、どういう人なのかと興味を持ってもらう、次にこういう人なのだと理解してもらう、そして親近感を持ってもらうことで豊かな人間関係を築くことができます。


 人間関係に甘えてしまうと、自分が何もしなくても周囲の人々は自分の思いを忖度し、その意向に沿って動いてくれると勘違いしてしまいます。さらには勘違いということも分からず、周囲の人間が自分の思い通りにならないとイライラしてしまいます。この悪循環がお互いを不幸にしてしまうのです。お互いの気持ちが分からないままの衝突がたくさんあります。


 自分の想いをちゃんと伝えなければなりません。さらには伝えるだけではなく理解してもらわなければなりません。理解のためには日頃からの信頼関係や会話が大切です。良好な関係であれば自然と理解し合えるものです。かかわる人々すべてとはいいませんが、大切だと思える人とは良好な関係でありたいものです。人間関係にも忍耐や努力が求められます。これを面倒とは思わずお互いにしっかり理解し合えるようになりたいものです。

 

 

問題の根底にある想い

 地球の温暖化、地球資源の枯渇、国家間の格差など様々な問題がありますが、なかなか解決できないのが現状のようです。これらの問題は世界的な問題であり、一部の人間で解決できることではなく、世界中が協力しなければなりません。しかし、思惑や利害が衝突し協力体制を築くことさえ難しいようです。


 これらの問題の根底には解決のためには今の生活を捨てなければならないという覚悟が問われています。喫煙者がなかなかタバコをやめられないのと同じなのです。私たちは今の生活に依存しています。意識していなくても現代の消費主義を当然のこととして楽しんでいます。便利で快適な生活を捨てることは簡単ではありません。食べる楽しみ、買う楽しみ、旅行する楽しみ、着る楽しみなど衣食住すべてが地球的な問題の原因になっています。


 さらには1人だけ今の生活を捨てても何も変わりません。みんなで変わらなければならないのですが、大多数の人は今の生活を維持することに精一杯であり、あらためて考えてみる余裕もありません。今の生活だけでも大変なのに、さらなる不便や忍耐などいかなる大義があろとも望む人は少ないでしょう。豊かな生活を求め、かえって苦労と苦悩を抱えながら、母なる地球を犠牲にしているのです。今の生活に疲れている人は多いと思います。はたして今の生活を続けていくことが自分の幸せにつながるのだろうかと考える、その先にこそ世界的な問題を解決する道があるのかもしれません。