ルール無視の人々

 置賜三十三観音ご開帳もようやく1ヵ月が過ぎました。この1ヵ月間様々な巡礼者がお越しになりました。はじまる前から受入のルールを決めて広く周知してきたのですが、知っているはずなのにルールを無視しようとする人々が一定数いるものです。何事もルールというものは混乱しないよう不平等にならないように決めるものです。みんなが守ることでお互いに気持ちよく対することができます。


 ところがルールは破るためにあるという人間もいます。ルールを守ることと自分の想いを満たすことを天秤にかけた時に自分の想いが勝ってしまえばルールを破ることになります。ルールを破るために様々な解釈、事情、強情、言い訳などが登場します。冷静に考えれば馬鹿げていることでも、ルールを破るために必死になります。いったん一線を越えてしまえば簡単には戻れず、底なし沼に溺れるようなものです。


 ほとんどの人間は道理というものを分かっています。分かっているうえで、どうしても自分の衝動を抑えられなくなるのです。事件を起こした人間の多くは、どうして自分がこんなことをしてしまったのかと驚愕と後悔に苦しみます。社会生活には様々なルールがあり、それを破ることは逮捕されないとしても、誰かに迷惑がかかりいずれ自分のところに返ってくるものです。法律的な罪には利息はつきませんが、人間的な罪にはまわりまわって利息がついてきますので余計に気をつけなければなりません。