スマホの愚行

 広く世界の情報を得られる時代ですが、かえって身近な情報に疎くなっているようにも思えます。家族のこと、友人のことなど、肝心なことに気づけずに世界中の情報を得ても意味がありません。この前、食堂で隣に座った中年夫婦はお互いにスマホに夢中になり会話などありませんでした。注文したメニューが届いてからもスマホ片手に食事、食べ終わってもスマホ、最後に「そろそろ帰るか」という言葉を交わして帰って行きました。何とも無機質な食事風景を見てしまいました。


 コミュニケーション能力の欠如が社会問題にもなっています。言葉による意思の疎通なくして社会は成り立ちません。人間は1人では暮らせません。お互いに協調する家族・友人・同僚などの人間関係によって生きていくことができるのです。人間関係を豊かにするものが会話なのです。自分が言いたいことを伝えること、相手の伝えたいことを聞き取ること、これを面と向かってできることが大切です。


 会話は思っているより難しいものです。人間はなかなか本音を語らないからです。相手の微妙な変化に気づけるかどうかなのです。いつもより元気がない、何か悩んでいる様子、何か嬉しいことがあった様子、相手が聞いて欲しいことに気づいてあげることが人間関係を豊かにしてくれるのです。ところが、スマホ片手の会話では相手の表情も目に入りません。広く世界中の人とコミュニケーションがとれるといわれても、目の前の人間と会話できなくなってしまっては本末転倒です。


 会話には何気ない話、真剣な話、ケンカ、愚痴、バカ話、うわさ話など様々なジャンルがあります。人間関係を築いていくためには、どれも必要なものです。人間は感情の生き物です。自分の抱えた感情を人間関係のなかで上手に処理していかなければなりません。関係のなかで嬉しいことは倍にして、悲しいことは半分にして、悩みは軽くして、楽しい時間を共有して、お互いに学び合い、人生をより豊かなものにしていくのが会話なのです。便利なスマホですが長所と短所を理解し、大切なことを見失うことなく使いたいものです。



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