根本を見つめる

 枝葉の議論という表現があります。意味としては表面的な議論に終始し、根本的な解決につながらないといったところでしょうか。植物は根があり茎があり葉がありますが、私達は桜といえば花を見て、紅葉といえば枝葉を見るわけで、目につくところに目がいってしまうわけです。


 これは植物ではなく問題に対する場合も同じだと思うのです。問題がある場合には、どうしても目につきやすい部分と、なかなか見えてこない部分もあります。必ずしも目につきやすい部分が問題の解決につながるとは限りません。草刈りをしていると表面の草を刈っても根が残っているため、しばらくするとまた生えてきます。根本的な根の部分を解決しなければ、同じ問題が再燃してしまいます。


 何事においても急所を見抜くことが大切です。それには経験と観察眼だと思うのです。どんなに頑張っていても肝心な部分が欠けていれば成果はあがりません。ただ今風のマニュアルやコンサル的なものに頼っても意味がありません。自分で気づくということが大切なのです。どこまでも広く深く見つめる目を養いたいものです。