均一化の子供達

 もともと日本には、みんなで一緒に同じようにという傾向がありますが、近年その傾向に拍車がかかっているように感じます。学校教育も平均化され、個性の時代といわれながら、その個性が抹殺されているようにも見えます。順位をつけない、無理をさせない、差別しないという方針は子供達の個性をなくし平均化してしまいます。自分は何が得意で何が苦手なのか分からなくなるのです。苦手なことを意識できないと得意なことも意識できなくなります。勉強はダメでも運動は得意という発想は、テストの点数と運動の順位の両方がそろわなければ分かりません。成績はまわりと比較せず子供毎につけ、運動会でも順位をつける競技を避けるということでは、自分のことが分からなくなってしまいます。


 人間は一人として同じ者はおらず、みんな違います。その違いから様々な差別や苦しみが生みだされるのも事実ですが、人間はそういう社会で暮らしています。自分という人間を理解するためには、他者との違いを認めなければなりません。平均化されたなかで育つと、社会に出てから他者との違いに戸惑うことになります。誰しも長所と短所を合わせ持ち、自分なりに折り合いをつけながら生活しています。自分に与えられた特性を理解すること、他者との違いを恐れないこと、違いを認め合いながら信頼関係を築けること。今求められていることは学力よりも、こういうことではないでしょうか。




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