重すぎる想いは

 人の心には様々な感情や思惑が渦巻いており、自らの心に翻弄されてしまえば、大切な人生を害することもあります。仏教で説くところの無心を心がけなければならないと思うのです。


 たとえば欲のままに、怒りのままに、不安のなかで物事に挑戦しても、思うようにはいかないものです。心が安定していなければ、努力してみても相応の成果を得ることはできません。ですから、正しい心の状態での努力が求められます。


 何をするにも「なんのために」という動機から考えなければなりません。世間では方法論などが重視されますが、努力と忍耐を続けていくためには、確たる意思がなければ長くは続きません。すべては人の想いから始まります。その想いをいかに高めるのか、清めるのかが大切だと思うのです。


 強すぎる思いや重すぎる思いは、かえって失敗を招くこともあります。強すぎる想いは執着や失望に変わりやすいものです。人の心は難しいものですが、私は素直で温かな心を相手に向けることで、心が軽くなり物事が成就すると考えています。自分への執着から解き放たれるよう、朗らかな清風を自らの心に吹かせたいものです。