共通の常識感覚

 テレビ「ノンレムの窓」で代行社会を見ました。代行業が普及した社会でプロポーズもお互いに代理人に頼み、結婚の挨拶でも本人達も両親もみな代理人だったというストーリーです。現在でも会社を辞める時など前日まで普通に働いていて、突然代理人が来て退職の処理をするということを聞きます。たしかに会社を辞めるということは気まずいかもしれませんが、ご縁があり働いてきた会社であり、お世話になった会社なのですから、相応に礼節を尽くすべきなのです。


 面倒なことがどれだけできるかが大人の条件ともいえます。嫌だから嘘をつく、誰かに頼む、知らないふりをする、いずれも良識ある大人の行動とはいえません。面倒なことや嫌なことが成長の糧にもなります。どんなことであれ、やるべきことをちゃんとやることが大切です。また、この「やるべきこと」が分かっていなければなりません。


 日本人が共有してきた「あたりまえ」が崩壊しつつあります。共通の意識や感覚があることで円滑な人間関係を築いてきました。個性化が間違った方向に進み、お互いに理解できなくなれば、社会生活を維持することができなくなります。共通の常識感覚があり、たとえ面倒でも大人の務めとして、為すべきことをあたりまえのようにできる社会であってほしいと願うのです。