なぜか罪悪感

 最近テレビをつければコロナかウクライナのことばかりで嫌になることがあります。どちらも大切なことなのですが、もっと明るい楽しい話題が増えればと思うところです。本堂に竹林の七賢の屏風があるのですが、七賢も俗世に嫌気がさし、竹林にこもったそうですが、そんな気持ちになります。出家しながら、家におり社会に翻弄され、現代仏教の虚しさを感じるところです。ロシアの侵略には世界中が驚いたと思いますが、時代は進歩するのではなく、無限にループするだけなのかもしれません。周期的に同じことを繰り返しながら、平和に向かうのか、破滅に向かうのか、いまだに独裁者が存在する世界です。


 自衛隊はじめ世界中の国々が防衛費に多額の予算をかけています。この防衛費をSDGsや貧困の解消に向けることができれば、どけだけ素晴らしい世界になるのでしょうか。使われないまま破棄されていくミサイルよりも、飢えて亡くなる人を救うことのほうが大切だと思うのです。この人道だけでは成り立たない世界で生活しているわけですが、たまたま今の日本人に生まれたおかけで豊かな人生を送っていますが、本来は世界中のどこに生まれても同じように豊かな生活を送れるべきなのです。ウクライナのニュースを見ながら罪悪感を感じてしまうこの頃です。