本当のご利益とは

 参拝で大切なことは、これでもかと念押しするかのような強い祈りではなく、やさしい祈りを心がけることです。まず日々のご加護に感謝すること。こうしてお参りができただけでもありがたいと思いたいものです。願いについても、あれが欲しい、こうして欲しい、こうなって欲しいと、欲しい欲しいばかりではなく、たとえば良縁をいただいたならば、相手をどのように大切にするのか。病気が治ったならば、健康な体で何をするのか。商売が繁盛したならば、その利益をどのように社会に還元するのか。


 願をかけるといいますが、本来は願うだけではなく、成就するために、もしくは成就したならば、何かしらの制約や奉仕を約束することでもありました。それは安易な祈りではなく真剣な祈りであることを伝えるためであり、また自らを律し願意の成就に向かわせるためでもありました。


 参拝や祈りというものは、信心のない人間は気休め程度にしか考えることができませんが、誠実な祈りは不安や不満を解消し心が落ち着くのです。これは感覚的なものですから、分かる人には分かり、分からない人には分からないかもしれません。ですが、神聖な空気のなかで静かに手を合わせ祈るならば、「これで大丈夫」という確信に近い安心感が生まれます。この気持ちで臨むならば何事も成就するようになります。心が満たされることによって物事に順調に進んでいくことが本当のご利益なのです。