第三の道

 若いうちはどうしても視野が狭く目の前のことしか考えられません。友達との些細なケンカさえ人生の大きな問題に思えて深刻な苦悩に陥るかもしれません。些細なことが、とても大きく見えるのは経験不足だからです。経験を積むほど問題の程度を正しくつかむことができるようになりますが、若い頃の一喜一憂も成長の糧であり、いつしか楽しい思い出になるかもしれません。


 人生は選択の連続であり、どの選択肢を選ぶかも大切ですが、それ以前に選択肢の数と質も大切になります。家庭においても学校でも唯一の答えを求められることが多くあります。家庭では親が求めることが唯一の答えになります。子供の価値観や判断よりも、親の価値観や判断を子供に押し付けることか多いのではないでしょうか。学校では教師が決めた答えが正解になります。テストには絶対的な正解があり、その正解を求めることが勉強とされます。


 与えられた答えに満足するようになると、自ら選択肢や答えを求めようとはしなくなります。しかし、親や教師の管理から離れ大人として社会で生きるようになれば、正解のない選択を求められるようになります。何が正しいのか分からない選択において大切なことは、自分を信じて最善の選択肢を見出すことです。与えられた選択肢ではなく、自分が最善だと信じる道を歩んでいく勇気が求められます。二者択一を求められたとしても、そうではない第三の道をつくることです。この道がどこに続くかは分からないけれど、きっと答えはあとからついてくると思える自信と楽観が必要なのかもしれません。



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