良い人を演じる

 もともと良い人が良い人でいることに無理や負担はありません。ところが、良い人を演じようとすると疲れてしまいストレスも溜まります。そもそも人間は良い人でいなければならないのかという素朴な疑問が生まれます。無理して良い人を演じなくても、ありのままの自分ではいけないのか。どうして人に好かれようとしなければならないのか。「良い人」に対する考え方も様々ではないかと思います。


 打算をもって良い人を演じるのはどうかと思います。利害や立場によって様々な仮面を被るのが大人の世界なのかもしれませんが、そういう世界をあたりまえとしてしまうと、騙し騙されの虚しい世界から抜け出せなくなります。良い人を演じようとするのではなく、良い人になろうとすることは素晴らしいことだと思います。そういう人は責任感が強かったり優しい人だったりのですが、無理をして心が折れてしまうこともありますから、「ほどほど」や「少しずつ」ということを心得なければなりません。


 本当に頭の良い人は過酷な勉強をして成績を上げてきたわけではなく、無理なく楽しく勉強して好成績を維持しています。世の中にはそういう人がいるものです。生まれ持った性質や育った環境というものは人生に大きな影響を与えます。私達はそういったものと向き合いながら生きていくしかありません。社会には本当の天使のような人もいれば悪魔のような人もいますが、多くの人々は天使と悪魔の中間を漂っているわけです。天使や悪魔を演じようとするから疲れるのです。ありのままの自分を認めることからはじめ、「できること」と「できないこと」をはっきりさせ、できることを着実にやっていくことで、自分の求める方向に歩んでいきたいものです。



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