言霊を意識して

 皆様、ご無沙汰しておりました。無事に退院でき経過も良好です。しばらくは安静にしていなければならず、自分で動いてしまうタイプだけに、じっと見ているということがもどかしく感じます。リハビリで言われたように、あせらず、ゆっくり、少しずつを心がけたいと思います。
 

 さて、入院中に感じたことなのですが、自分が苦しいと自分勝手になりやすいものです。クレーム時代の看護師さんも大変だと思いました。ゆで卵だと思ったら温泉卵だった。(袋にちゃんと書いてますよ)。食事の変更を頼んだのにまだ変更されていない。(そんなにすぐ変更できませんよ)。呼んでもすぐに来ない(あなただけの看護師ではありませんよ)。歩けと言われても歩けない(あなたのためですよ)。心の声が大きくなるばかりでした。


 特に気になったことは同じ日本語でも人によって、その響きが大きく違うということでした。同じ言葉を使ったとしても、その言葉にその人の個性や感情が加えられることで、相手に与える印象がまったく違ってきます。人によっては攻撃的な言葉、批判的な言葉、自虐的な言葉が習慣となり、せっかくの日本語が台無しという人がいました。私は日本語に誇りを持っていますが、それだけに残念でした。



 日本では言葉に魂が宿るという考えがあり言霊という言葉もあります。善い言葉には幸福が、悪い言葉には不幸が、それぞれ訪れると考えられていました。言葉を大切にできない人は幸せにはなれないのです。口は禍の元といいますが、いつもよりも少し丁寧な言葉を意識するだけで、日々の人間関係も違ってくると思います。言葉で損をしている人は意外と多いものなのです。一日に数えきれないほどの言葉を使っていますが、その言葉に込める思いによって日々の生活が織りなされていくのです。



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