相手への不満に苦しんで

 多くの場合、不満があると誰かのせいにして終わってしまうものです。自分で動いて不満を解消しようとは思わないものです。そのため不満は解消されないままになってしまいます。さらに不満の矛先も多くは意に介さず変わりませんから、余計に不満が募るばかりになってしまいます。私達は勝手に期待して、勝手に失望しては不満を増大させているのかもしれません。必要なことは自分の不満は自分で解消することなのです。


 私達の多くの不満は相手に向けられるものです。自分に対する不満はあまりないものです。本当は自分に対しても多くの不満があるはずなのですが、自分に対する不満は上手に棚上げしているものです。不満を簡単には解消できないと知っているからこそ、見ないようにしているのです。ところが、自分以外の人間のことになると、棚上げできなくなるのが人間の不思議なところです。自分の不満には目をつむるのに、相手への不満には我慢できないわけです。


 相手への不満を抑えられず人間関係が崩壊してしまった経験は、誰にでもあるのではないかと思います。相手が悪いのか、それとも自分が悪いのか、判断の難しいところです。ただ、私の場合はあとから後悔することが多くあります。もっと大人の対応ができていればと悔やむのです。人間関係がおかしくなるのはボタンの掛け違いのようなもので、間違ったと思ったらやり直せばいいだけなのです。どちらかが大人の対応をすれば疎遠になることはありません。


 「無くて七癖」といいますが、誰にでも問題があり不満が募るものです。ですが、それはお互い様なのです。長くつきあうほどにお互いの様々な癖も見えてくるようになるものです。相手の癖と上手につきあうことも大切だと思うのです。相手への不満に振り回されれば、相手よりも自分が疲れてしまいます。縁には良縁・悪縁の区別はありません。良縁にするのも悪縁にするのも自分次第なのです。長所があれば欠点があり、その人らしさとは必ずしも良いところばかりではありません。せっかくのご縁をなるべく大切にしていきたいものです。


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